VRC小説同人誌「ヴィジブルレヴァリエ」頒布開始
8/31頒布VRC小説集の表紙とサンプルです。素敵な表紙はうつぎさわさん。内容はウェブ掲載していたものに加え書き下ろし「ミクサーアゲイン」を収録しています。BOOTHにて物理本、ダウンロード版ともに頒布中です。
【物理本】https://kikei.booth.pm/items/3229045
【ダウンロード版】https://kikei.booth.pm/items/3229109
書き下ろし「ミクサーアゲイン」 試し読み
俺はその日のことを、昨日のことのように覚えている。
彼はFriend+で知り合ったフレンドの一人だった。そのとき彼は狐耳の生えた大人びた顔立ちの少女のアバターを着ていた。サイボーグ改変を施した姿はかわいらしいアバターの多いインスタンスの中では異色の存在で、彼自身は控え目な性格なのかあまり言葉は交わさなかったが、メカ好きの俺には弱くない印象を残していた。それからしばらくは、彼のことは興味深いフレンドだが、自分から進んでジョインしに行くような間柄ではない、と思っていた気がする。
彼と交流するようになったきっかけは、彼がInviteのつもりで立てたFriendインスタンスに、たまたま俺がジョインしたことだった。
冬の寒さの和らいだ、温かい陽光が部屋に差し込む初春の日だった。
大学の長い春休み。昼間にVRChatに行くことなど珍しかったが、久しぶりに初心者案内でもしようかと思い、チュートリアルワールドに入った。
そこに、先客がいた。
それがはじめて会った日にサイボーグ改変アバターを着ていた彼――カレンさんだった。
「あれ、珍しい。サファリさん、こんにちは」
彼は少し驚いた様子で俺を見ていた。その姿は俺の見たことのないアバターだった。真雪のような髪は肩の上で切りそろえられており、赤い瞳にはズームレンズのように複雑な層が描かれている。その体は一部疑似筋肉や骨格の露出した少女の義体だった。白を基調とした衣装を纏った体はポリゴンに荒削りなところはあるが美しく、一目で俺はその姿に魅了された。
「こんにちは。なんとなく入ったんですがここ、Friendだったんですね」
「はい、自分もInviteのつもりで立てましたが、手が滑っていたようです」
そう言って彼は、アバターを変えた。いつもの狐耳のアバターが目の前に現れる。
「さっきのアバターは?」
「ええと……あれは……」
カレンさんは口ごもり、それで俺はピンと来た。
「もしかして、カレンさんの自作アバターですか?」
カレンさんは逡巡している様子だったが、やがて口を開いた。
「はい。製作途中のものです。ボーンを入れたので確認しにログインしていました。まだまだ未熟なところが多くてお恥ずかしいのですが」
「そんなことないですよ」
俺は食いつくように言っていた。
「さすがカレンさんです。普段の改変を見たときからかっこいいと思ってましたが、アバターまで作るなんてすごいです。駆動部分とかむき出しなのに品があって、とにかく俺は好きです」
カレンさんの狐耳が揺れる。困っているのか、照れているのか、VRChatの中ではその感情を読み取ることは難しい。俺ははっとして口をつぐみ、おずおずと頭を下げた。
「すみません、熱くなっちゃって。それくらいカレンさんのアバターが性癖にぶっ刺さって……」
カレンさんがゆるゆると首を振る。
「いえ、大丈夫ですよ。そんなふうに褒められたのははじめてで、すごく嬉しかったものですから」
ハスキーな声は柔らかな響きをしていて、それはきっと彼の心からの言葉だった。俺は安心して、笑顔のハンドサインを入力する。
「よかった。できればさっきのアバター、もう一度見せてもらえませんか?」
カレンさんは俺を見つめていたが、意を決したように頷いた。
「分かりました」
一瞬のロードののち、白い義体が現れる。幼いころ憧れたヒロインを彷彿とさせるその姿を、俺は近づいたり離れたり、周囲をぐるっと回ったりして眺めた。そうして胸の前で手を合わせ、感嘆のため息をつく。
「やっぱりかっこいいなぁ。これ、販売とかするんですか?」
「その予定です」
俺がその瞬間心の中で飛び跳ねたことは、言うまでもない。
「そうなんですね! 必ず買います。いやぁ、楽しみだなぁ」
「ありがとうございます」
最初は控えめだったカレンさんの声にも、喜びの色が広がっていた。
「おそらく、六月には完成します。まだ微調整もしていないですし、フルトラでのテストもできていませんから」
すると三ヶ月ほど先だ。それでもこの素敵なアバターを着られるのならば、いくらでも待てる、と俺は思った。
「そうですか。確かにカレンさん、三点ですもんね」
カレンさんが頷く。彼の美しいアバターはその場で足踏みをするだけだ。対して俺はフルボディトラッキングができる機材を持っている。もしかして、と俺は考えた。俺のこの機材をカレンさんのために役立てられるのではないか、と。
「あの、サファリさんにこんなことを頼むのも申し訳ないのですが」
カレンさんはゆっくりと切り出した。俺は頭から生えた猫耳をぴんと伸ばして、彼の言葉に聞き入る。
「よろしければ、フルトラのテスターになっていただけませんか? ボーンやウェイトの確認をお願いしたいのです。もちろんただでとは言いません。報酬に、このアバターを贈ります」
「えっはい、もちろん!」
自分の望みがそのまま相手の口から発せられた驚きと喜びで、俺はほとんど叫んでいた。のちにカレンさんが、『まるでクリスマスに自分の大好きなおもちゃをプレゼントされた子供のような』と振り返る声で。
「こんなかっこいいアバターを作るお手伝いをさせてもらえるなんて光栄です。報酬なんていいですよ、自分でちゃんと買います。やらせてください」
思わず拳を握りしめてから、目をきらきらさせる表情をしよう、と俺はハンドガンの手つきをした。カレンさんがすらりとした体躯で頭を下げる。
「ありがとうございます。連絡用に、のちほどDiscordを交換しましょう」
「ぜひ! 嬉しいなぁ。たまたまですがジョインして本当によかったです。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
カレンさんはあまり自分の感情をはっきり表には出さない。インターネットの話題にも疎く、よく周りの話についていけていない場面を見かける。人の輪の中で、彼自身は楽しめているのだろうかと心配になるときがある。
それでも俺は信じていた。このときのカレンさんは間違いなくヘッドマウントディスプレイの向こうで笑っていて、俺と同じ気持ちでいてくれたと。
今でも信じているのだ。
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