Case.2 Photographer

「VRChatでよかったこと。自分の場合は、写真を撮って、それを被写体の方に喜んでもらえる機会が増えたことですかねぇ。

 ああ、私はリアルで写真をやっていましてね。まあ、なけなしの給料をはたいて買ったフルサイズの一眼レフで、イベント会場でコスプレを撮るような、いわゆるカメコというやつですよ。このコロナ禍になる前は、それこそコミケや街のコスプレイベントでレイヤーさんに声をかけて写真を撮らせてもらっていましたね。そうやって縁のできた方と、今度はスタジオや屋外のスペースをお借りして、シチュエーション重視の写真なんかも撮っていました。カメコなんて三脚代わりだと思っていますから、呼ばれればどこへでも行ってぱしゃりとやっていました。

 これでも界隈では重宝されていたんですよ。自分はレイヤーのプライベートに干渉しないし、納期は早いし、自分で言うのもなんですが腕は悪くないですからね。大玉のレンズとかいい機材は買えない分、構図や光についてはずいぶん勉強しました。もともと風景写真をやっていた素地もありますしね。風景も悪くなかったんですが、やっぱり人間を撮るほうがずっと楽しい。これという表情を引き出せた瞬間の稲妻が走るような快感と、それを被写体の方たちと共有できる喜びってもんがあります。

 自分はアニメやゲームには詳しくないんですが、依頼してくる子の中には親切な子がいて、わざわざスクリーンショットなんかを送ってくれる。それで勉強をする。で、実際に撮ってみて、レイヤーさんが解釈が一致した! なんて言うとねぇ、嬉しくて。そういう姿を見て元気をもらっているってのも大きいですね。決して不純な意味ではないですよ。

 カメコの中にはレイヤーさんを二人きりの食事に誘ったり、個人撮影をいいことに過激なポーズを要求したりする輩もいますが、ああいうのは本当にけしからん。あくまで作品作りを介したコミュニケーションだということを忘れてはいけない。レイヤーさんのほうにもはっきり断ったらと思いますが、二十歳そこそこの歳だと断ったら失礼という考えが拭えないんでしょうなぁ……。

 まあ、こんなふうに基本的にはレイヤーさんの肩を持つんですが、ちょっと、と思うこともありましてね。あなたも一眼レフで撮った写真を見ると、なんてきれいなんだろう、こんなに繊細な表現ができるのか、と感じることもあるでしょう。それが、レイヤーさんには不都合な場合が少なくないようなんです。

 具体的には、フォトショップなど画像加工ソフトを使ったレタッチで、肌のきめ細やかさや微細な陰影をぜーんぶ消して、のっぺりした絵のようなものに劣化させてしまう。あえて劣化と言いましたがね、本当にそうなんですよ。もともと二次元のキャラクターをモデルにしているので仕方ないんですが、彼女たちにとっては非現実的な質感のほうが自分たちの理想に近いんでしょうな。肌の質感を残すレタッチ方法もあるんですが、そういうのさえ好まない。そうやってリアルな質感を残した写真は、SNSでのウケが悪いですからね。

 顔の輪郭や目の大きさなんかもほとんどの方は変えられますね。本人とは似ても似つかない、ありふれたモデルさんのような顔がSNSに並んでいる。これでもカメラで撮るときに構図と光を計算してきれいに写るようにしているんです。それでも撮影現場で撮って出しを見せると、微妙な顔をされるときがある。

 レイヤーさんが自分の顔に対して盛れてない、ブス、なんて言ってるのを聞くとね、悲しくなりますよ。自分の腕が足りなかったんだな、となるのは別にいいんです。女の子が親にもらった自分の顔を否定しているところを見るのが、あまり気持ちよくない。それがキャラクターに似ていない、という意味だとしても、言葉の魔力ってのは恐ろしくて、知らず知らず自分を傷つけているもんです。自分も、とっくの昔に諦めましたが、リアルの見てくれがよくないから、分かります。

 自分では精一杯相手の魅力的な姿を切り取ったつもりでも、相手にとってはそうではない。カメラを通して記録された、現実で他者から見た姿に最も忠実な像が否定される。

 SNSでは毎日のようにレイヤーさんやカメコのトラブルを見かけます。イベント会場では妙なやつに絡まれたり、暴言を吐かれたりすることもあります。でも、そういうときのストレスは一時的なもんなんです。よくあること、事故のようなもの、あるいは自分は遭わないように気をつけよう、と思って処理することができる。でも、自分の写真が喜ばれていないかもしれない、そのままでは受け入れられない、ということだけは……じっとりと、梅雨の時期に背中に張り付いた汗のように、いやな感じがして、拭えないもんですね。

 ああ、前置きが長くなって申し訳ない。ここまでは、VRChatを始める前の話。ずいぶん長く語ってしまいましたが、自分の写真に対する考え方は理解していただけたと思います。だから、VRChatでフレンドのポートレートを撮ると、喜んでもらえるのが嬉しいんです。

 順を追って話しましょう。コロナ禍でコスプレ撮影会も割を食いましてね、大型のイベントは開かれなくなりましたし、個人撮影も憚られるようになりました。そんなわけで自己表現の機会を失った自分は、それでも習慣で仕事帰りに駅前のヨドバシカメラを覗いたわけです。エスカレーターに乗って階を順に上っているときにですね、妙なものが目に飛び込んできました。白い近未来的なデザインのハコメガネ。それが、HMDとの出会いだったわけです。

 思わず手に取ってしばらく眺め回し、パンフレットを読んでいたときにはすでに購買意欲が刺激されていましてね。カメラ関係の買い物もご無沙汰でしたから、資金はありましたし、なにかしら新しいガジェットを買ってもいいかもしれないと思い始めていた。

 とはいえ安いものではありませんから、一度家に持ち帰ってHMDの名前で検索をかけてみた。HMDでできることを一覧にした記事がある。はて、VRゲームにはあまりピンと来ない。VTuberのライブもその分野には興味がない。けれども一つ、自分の目を惹いたものがありました。

 コミュニケーションプラットフォーム、VRChat。趣味の友人と遊ぶ機会を失っていた自分は、今度はこれについて調べてみた。すると、SNSの検索に引っかかる美しいスクリーンショットの数々。中にはゲームのスクショらしい遠近感のないものではなく、ボケや圧縮効果も再現された、写真と呼んでも差し支えないような画像もありました。それも一枚や二枚じゃない。毎日、たくさんの魅力的な世界の風景が、仮想世界のカメラによって切り取られてSNSに上がっていたんです。

 これだ、と思いました。この時点ではワールドについてもアバターについても知識はありませんでしたが、これが自分の求めていたものだという予感がありました。そして、いざHMDを購入して、ゲームを始めてその予感が当たっていたことを知ったんです。

 このプラットフォームには、ユーザーの作った無数の世界が存在している。そこでユーザーは、各々の理想にして自分自身である姿をとることができる。現実では自分に似合わないからと言って着るのを諦めていた服、現実離れしたデザインのコスチューム、キャラクターの外見すら身に纏うことができる。

 彼らの多くは、自分が良しとした姿をとります。素材を集め、何時間もかけてモデリングソフトやゲームエンジンを操作し、そうして練り上げた最高のアバターが、自分自身の外側であり、内側の表現であることも知っているんです。

 自分は、VRChatで初心者案内を受け、ユーザーランクが上がると早速被写界深度シミュレーション機能を備えたカメラシステムをアバターに導入しました。最初は何気ないスナップでした。アバターを褒め、撮らせてほしいと頼むと、誰もが快く撮らせてくれました。雑談の合間にみんなの横顔を撮ることもあったし、ワールド巡りの最中に『ちょっとここに立ってください』と声をかければ、フレンドもそうでない人も美しい顔でポーズをとってくれました。そうして遊んだあとSNSにアップロードしたスクリーンショットを、かわいくないから取り下げてほしい、なんていう人はいなかった。肌感覚ですが、被写体の方には彼らを写したスクリーンショットをいつも喜んでもらえたという、自負があります。

 そうこうしているうちにポートレート撮影の依頼が来たり、フォトコンテストで賞を獲ったりするようになるのですが、これは自慢話になるので割愛します。本質はそこではないんです。ただ、相手の本当の姿を撮って、それを喜んでもらえることが、心から嬉しかった。

 同時に、自らの過ちにも気づきました。レイヤーさんたちも、自分の憧れの姿になりたかった。夜なべして衣装を作り、メイクを研究して、少しでもそれに近づこうとした。けれども写真に写るのはどうしようもなく自分で、その要素を打ち消すために、加工に頼っていた。彼らは全部分かっていたんです。その上で、そのキャラクターに扮することを辞められなかった。自分が撮りたいポーズがある。シチュエーションがある。自らの理想を同じ次元に再現したい。そうして重ねた努力を、自分はもう否定できません。たくさんのジレンマの中で、表現者は生きているもんですね。

 また一眼レフを握ってコスプレ写真を撮るときには、いい写真を撮ろうと思っています。レイヤーさんの願いを取り入れ、いいカメコになりたいです。それに、コスプレ撮影会のオフショットもたくさん撮りたい。

 VRChatの写真を通して気づいたんですが、写真というのはなにも特別なものである必要はないということです。今まではレイヤーさんのビシッと決まった姿なんかを撮っていましたし、それが作品作りだと思っていました。しかし、それだけが優れた写真ではない。写真を撮るべき瞬間は、日常の中にたくさんある。みんなが自分らしい笑顔でいて、それを切り取ったものもまた、いい写真だと。日々訪れるかけがえのない瞬間、きらきらした思い出を冷凍保存すること、それがカメラマンの役目の一つだと、今では思っています。

 長々と話を聞いていただきありがとうございました。いえ、考えていたことを言語化するいい機会でしたよ。本当に。記事ができたら教えてください。楽しみにしていますよ。

 ん? なんでしょう。ああ、彼なら自分が初心者案内を受けた方ですが……いえ、三ヶ月ほど前に、よくない評判を聞いたもんですから。なんでも、人間関係でトラブルを起こしたとか。日常的な交流はありませんでしたが、そういう人には見えなかったんですけどねぇ。まあ、双方から話を聞いたわけではないのでなんとも言えませんが。それがなにか? ……分かりました。

 今日はありがとうございました。記事の執筆頑張ってください。あ、最後に一枚、写真を撮ってもいいですか?」


初出:PixivFANBOX

2023.5.21発行「はじめてよかった!VRChat体験談集※この物語はフィクションです」収録作品

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麻島葵主宰「にんぎょのくるぶし」による小説 本サイトの小説は条件付きで朗読可能です。 ○Skebでのボイスデータ依頼 ○配信、朗読会など金銭のやりとりの発生しない場での朗読 ×朗読したデータを販売する行為 ×有料配信、有料公演

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