墓と煙
昔、ある国の王様が、亡くなったお妃様を偲んでそれは壮麗な宮殿を建てたという。
「僕と君の思い出を詰め込んだワールドを作りたい? やめてよ、今から思い出の話をするのは」
君とのお砂糖が続いて三ヶ月が経つころ、ふたりのためのワールドの構想を君に話したら、君はそう答えた。
「僕はこの世界に自分がいた痕跡が残るのなんていやだよ。君も知っているでしょ」
よく知っている。君は僕とのスクリーンショットを撮らない。ツイッターの僕のタイムラインだけが、君との日常を記録する。まるで、僕だけが君を好きみたいに。
「僕だけが建てられるワールドにするから」
「だめ。僕がだめって言ってるんだから、ぜったいだめ」
君から煙草に火を点ける音がする。僕はリアルでは煙草を吸う人が嫌いだ。でも、ここではにおいがしないし、君が煙を吐き出しているところを見るわけでもないから、構わないと思っていた。
「僕との思い出を振り返るものがほしいならさ」
うつむく僕の耳孔に、君の落ち着いた声がはいりこんでくる。
「僕の吸ってる煙草をコンビニで買ってよ。君は煙草を吸わないから、捨てない限りずっと君の手元に残るでしょ」
僕は少しむっとして顔を上げた。
「煙草なんか嫌いだよ」
「僕だって写真は嫌いだ」
君は微笑するデフォルトの表情で言う。
「ね、ここで意見の食い違いを経験してしまうくらいなら、最初から何も残さないつもりでいたほうがよかったとは思わない?」
一瞬頭が真っ白になり、僕は咄嗟に君の語尾を反復した。
「思わない」
君はよく澄んだ瞳で僕を見つめている。僕はその視線の中で溺れていた。水が口の中に入ってくるように、思考の濁流の中で言葉を探し、岸辺で余裕綽々の顔をしている君に向かって投げつける。
「だってそんなんじゃ……本当の恋人になったとは言えないだろ」
言ってから、僕はそれを求めていたのだと知った。
君はしばらく黙っていた。きっとそれは僕の言葉について思案してくれている間だった。そう信じるほかに、僕になにができただろう。
「君は僕とちゃんと向き合うつもりでいてくれてるんだね」
君はひどく優しい、そしてどこか寂しい声で言った。
「当たり前だろ。お砂糖なんだから」
「お砂糖ねぇ」
そのまんざらでもない響きに、僕はほのかに安堵する。
「分かった。ワールドは作らない。煙草も買わない。でも……これからもこんなふうに、君と話がしたいよ」
君は近づいてきて、僕の頭を撫でた。
「うん。そうしよ」
僕たちはそうして淡いキスをした。言葉少なにベッドに移動し、お互いの気配を感じながら眠りに就いた。
美しい墓は建てない。君を殺すのと同じ煙を体内に入れることもない。僕たちはふたりでここにいる。この時間にだけは、意味があることを信じて。
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